シューベルト・チクルス 2

先日のシューベルト・チクルス
エリーザベト ・レオンスカヤの、
について
なにか959についても
と思うと

彼女の無造作なくらいの
弾き方が思い出されます。

ステージに出ていらして
なんとなく不器用さを感じさせるお辞儀を
深々と一度したら
すぐに椅子にどすっとというくらい
こだわりなく(と見えるやり方で)腰かけ
その1秒後には弾き始めている。

568も784も959もでした。

そしてのびのびとした
自然の発露のような楽章と楽章
のあいだも
作為的なものを感じることが
ほとんどありませんでした。

物理的には楽章間を
ほとんど取らずに
緊張感をもったまま彼女は一連の楽章を
紡いでいく。

長さのあるソナタというものが
全体として大きく機能して
まとまり

ひとつのほとばしる大きなうたとして
まるまるとしたものとして
感じられ
それはわたしには幸福なことでした。

959も
海のように大きな作品でありながら
自然に、気負わずに、紡がれていった。
でも4楽章の前だけ
間隙がありました。
ちょっと驚きました。

ここまで聴いてきて
この4楽章には
わたしの感覚では3楽章からもっとも自然に
流れ、展開していくのだろうという
前提のような期待があったので。

ためらうような間
なにかをふまえる準備のようなもの。

その理由や意味を想像しようとは思いません。

ただそうして流れ出した4楽章は
本当に素晴らしかったです。

わたしはむかしも今も
この4楽章は
生まれてきたことへの深い深いお祝い
だと思っています。